Share

163話 預けられたカード

Penulis: 八月 猫
last update Tanggal publikasi: 2026-10-18 09:00:27

 副菜の本を買ってから、私は何度かそのページを開いた。

 にんじんのナムル。

 きのこのマリネ。

 豆腐の和え物。

 どれも難しい料理ではない。

 それでも、淡い緑の小鉢に入れることを考えながら見ると、少しだけ楽しくなる。

 週末には、きのこのマリネを作ってみた。

 酢を少し入れすぎた気がする。

 でも、冷蔵庫で少し置いたら味が馴染んで、思っていたより悪くなかった。

 小鉢に入れると、量もちょうどいい。

 食卓の端に置いたそれを見ながら、私はまた少し笑った。

 前なら、失敗したかどうかだけを気にしていた。

 今は違う。

 次はもう少し酢を減らそう。

 しめじだけでなく、舞茸も入れてみよう。

 そう考える時間まで、少し楽しい。

 小鉢はもう、食器棚で特別扱いされなくなってきていた。

 朝、自然に手に取る。

 夜、少し残ったものを入れる

Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi
Bab Terkunci

Bab terbaru

  • 『尽くしすぎたのでやめました。今さら後悔しても遅いです』〜帰らない人を待つのは、もうやめます〜   163話 預けられたカード

     副菜の本を買ってから、私は何度かそのページを開いた。 にんじんのナムル。 きのこのマリネ。 豆腐の和え物。 どれも難しい料理ではない。 それでも、淡い緑の小鉢に入れることを考えながら見ると、少しだけ楽しくなる。 週末には、きのこのマリネを作ってみた。 酢を少し入れすぎた気がする。 でも、冷蔵庫で少し置いたら味が馴染んで、思っていたより悪くなかった。 小鉢に入れると、量もちょうどいい。 食卓の端に置いたそれを見ながら、私はまた少し笑った。 前なら、失敗したかどうかだけを気にしていた。 今は違う。 次はもう少し酢を減らそう。 しめじだけでなく、舞茸も入れてみよう。 そう考える時間まで、少し楽しい。 小鉢はもう、食器棚で特別扱いされなくなってきていた。 朝、自然に手に取る。 夜、少し残ったものを入れる。 洗って、拭いて、また棚へ戻す。 その繰り返しの中で、少しずつ私の器になっていく。◇◇◇◇ その日の仕事帰り、私はまた書店へ寄った。 朝倉さんに会えるかもしれない。 小冊子の案内が出ているかもしれない。 そういう気持ちはあった。 けれど、今日はそれだけではない。 副菜の本の隣にあった料理エッセイが気になっていたし、掲示板の読書会案内も少し見てみたかった。 書店のドアを開けると、いつもの紙とインクの匂いがした。 入口の平台には、季節の本が並んでいる。 私はまず掲示板を見た。 読書会の案内。 地元作家のトークイベント。 手作り市。 小冊子の案内は、まだなかった。 少しだけ残念に思う。 でも、その残念さに足を引っ張られるほどではない。 私は暮らしの棚へ向かった。 棚の前で料理

  • 『尽くしすぎたのでやめました。今さら後悔しても遅いです』〜帰らない人を待つのは、もうやめます〜   162話 会えない日の書店

     小鉢を使った朝から、数日が経った。 私はその間にも、何度か小鉢を使った。 おひたし。 冷奴。 少しだけ残ったかぼちゃの煮物。 最初は少し緊張しながら手に取っていたけれど、三回目にはもう、食器棚から自然に出せるようになっていた。 淡い緑の小鉢は、青みのある深皿の隣で、前からそこにあったみたいな顔をしている。 もちろん、前からあったわけではない。 工房で選んで、包んでもらって、電車に乗って、パンと花と一緒に部屋へ持ち帰った。 それなのに、使い始めると少しずつ「特別な新入り」ではなくなっていく。 それが少し嬉しかった。 食器棚を開けるたびに、私は朝倉さんの言葉を思い出す。 迷う時間も、たぶん器を選ぶ時間の一部です。 あの時、私は迷って、考えて、自分で選んだ。 だからだろうか。 使うたびに、その迷った時間まで一緒に食卓へ出てくるような気がした。◇◇◇◇ その日の仕事帰り、私は書店の前で足を止めた。 工房へ行ってから、まだ朝倉さんには会っていない。 作家さんにも、小鉢を使った感想は話せていない。 でも、話したいことはもうある。 おひたしを入れたこと。 少し醤油が強かったこと。 主役ではないけれど、あると食卓が落ち着いたこと。 冷奴を入れたらちょうどよかったこと。 使うたびに、棚の中での場所が少しずつ自然になっていくこと。 そういう小さな話が、私の中に溜まっていた。 書店の掲示板には、もう工房販売会の案内はなかった。 代わりに、新しい読書会の案内と、地元作家のトークイベントのチラシが貼られている。 朝倉さんの名前はない。 それでも私は、店の中へ入った。 会えるかもしれない。 会えないかもしれない。 そのどちらでも、今日は少し本を見たかった。

  • 『尽くしすぎたのでやめました。今さら後悔しても遅いです』〜帰らない人を待つのは、もうやめます〜   161話 小鉢を使う朝

     翌朝、私はいつもより少しだけ早く目が覚めた。 部屋の中は静かで、カーテンの向こうから淡い光が入っている。昨日替えたばかりの花は、水色の花瓶の中でまだ少し眠たそうに見えた。 淡い黄色の花と、白い小さな花。 薄い青のカーテンの前にあるその色を見て、昨日、本当に知らない町まで行ったのだと思い出す。 工房。 土の匂い。 ほうじ茶の温かさ。 作家さんの声。 朝倉さんの笑い声。 全部、昨日のことなのに、もう少し遠い場所の出来事みたいだった。 でも、食器棚を開けると、そこに淡い緑の小鉢がある。 それだけで、昨日のことがちゃんと今朝につながった。「おはよう」 私は小さく言って、小鉢を取り出した。 まだ一度も使っていない器。 工房では手の中に馴染むと思ったけれど、部屋の台所で持つと、また少し違って感じる。棚に並んでいた時とは違い、これから本当に使われるものとして、私の手の中にある。 最初に何を入れるかは、昨日から少し決めていた。 おひたし。 特別な料理ではない。 でも、この小鉢には合いそうだと思った。 冷蔵庫には小松菜が残っている。私は鍋に湯を沸かし、小松菜を洗った。朝からおひたしを作るのは少し面倒かもしれないと思ったけれど、今日はその面倒さも悪くなかった。 小松菜を茹でて、水に取る。 ぎゅっと絞って、食べやすい長さに切る。 少しだけ醤油をかけて、すりごまを振る。 前なら、朝はもっと急いでいた気がする。 悠斗のお弁当を作っていた頃は、段取りばかり考えていた。卵焼き、冷凍しておいたおかず、味噌汁、朝食、ゴミの日、洗濯物。自分の朝は、いつも誰かの朝の端に押し込まれていた。 でも今朝は、誰かに出すためではなく、私が食べるためのおひたしを作っている。 小さな器を使いたくて、少しだけ手間をかけている。 それは面倒なのに、ちゃんと楽しかった。

  • 『尽くしすぎたのでやめました。今さら後悔しても遅いです』〜帰らない人を待つのは、もうやめます〜   160話 部屋に持ち帰るもの

     部屋の前に着く頃には、腕に抱えた花が少しだけ重くなっていた。 大きな花束ではない。 淡い黄色の花と、白い小さな花を一本ずつ。 それなのに、電車の中でも、駅からの道でも、私はずっと少し気を遣っていた。潰さないように。傾けすぎないように。紙袋のパンにぶつけないように。 バッグの中には、薄紙に包まれた小鉢がある。 手にはパン屋の紙袋。 腕には花。 朝、この部屋を出た時より、帰ってきた私は少し荷物が多かった。 鍵を開けて、扉を開く。「ただいま」 いつもの部屋が、静かにそこにあった。 薄い青のカーテン。 水色の花瓶。 クラゲのキーホルダー。 丸いテーブル。 二脚の椅子。 朝、ここを出る前と同じ景色なのに、玄関に立つ私の中には、知らない駅のホームや、工房の土の匂い、ほうじ茶の温かさがまだ残っていた。 まず、花を置く場所を作ることにした。 窓辺の水色の花瓶には、終わりかけの花が残っていた。 数日前から、そろそろ替えようと思っていた花だ。 私は紙に包まれた新しい花をテーブルに置き、花瓶をキッチンへ運んだ。 古い花を抜く。 少しだけ寂しかった。 この花も、何日か私の部屋にいてくれた。朝の光の中にも、夜の窓辺にも、ちゃんとそこにあった。「ありがとう」 小さく言って、新聞紙に包む。 前なら、こんなことを声に出す自分を少し変だと思ったかもしれない。 でも今は、別にいいと思える。 誰かに見せるためではない。 私がそうしたいから、そうするだけだ。 花瓶を洗い、新しい水を入れる。 淡い黄色の花と白い小さな花の茎を少し切って、そっと挿した。 水色の花瓶に、黄色と白。 薄い青のカーテンの前に置くと、部屋の空気が少しだけ明るくなる。 派手ではない。

  • 『尽くしすぎたのでやめました。今さら後悔しても遅いです』〜帰らない人を待つのは、もうやめます〜   159話 寄り道を選ぶ

     工房を出る時、作家さんは扉のところまで見送ってくれた。「気をつけて帰ってくださいね」「はい。今日はありがとうございました」「こちらこそ。また使った感想、いつでも聞かせてください」 そう言われて、私は少し笑った。「今度は小鉢の感想ですね」「楽しみにしています」 感想を求められているのに、急かされている感じはしない。使って、暮らしの中に入って、それから自然に言葉になったら聞かせてほしい。そういう温度だった。 朝倉さんも少し後ろから出てきた。「駅までの道、大丈夫そうですか」「はい。来た道を戻れば大丈夫です」「途中のパン屋さん、まだ開いていると思います。花屋は駅の反対側です」「危険な情報が増えました」 そう言うと、朝倉さんは少し笑った。「無理のない範囲で」「はい。見てみたいと思ったら」 必ず寄ると決めなくてもいい。でも、見てみたいと思った時に寄ってもいい。帰り道にそういう余白があることが、少し嬉しかった。「では、また」 私が言うと、朝倉さんは静かに頷いた。「はい。また」 その言葉を受け取って、私は工房の小さな看板の前を離れた。◇◇◇◇ 住宅街の道は、来た時より少しだけ親しみやすく見えた。 さっきは本当にここで合っているのかと不安になりながら歩いていた。今はバッグの中に小鉢があり、工房で飲んだほうじ茶の香りがまだ手の中に残っている気がする。 知らない道だったものが、一度歩くだけで少しだけ知っている道になる。 それは小さなことなのに、胸の奥を静かに明るくした。 角の家の鉢植えには、来る時にも見た白い花が咲いている。行きは緊張していて、ただ「花がある」と思っただけだったけれど、帰りはその鉢が丁寧に並べられていることや、土が乾きすぎていないことまで目に入った。 誰かがここで水をあげている。 誰かの普通の日が、この道にもある。

  • 『尽くしすぎたのでやめました。今さら後悔しても遅いです』〜帰らない人を待つのは、もうやめます〜   158話 お茶の時間

     ほうじ茶の入ったカップは、手の中でゆっくり温かかった。 工房の隅に置かれた丸いテーブル。 少しずつ形の違う椅子。 窓から入る午後の光。 棚に並んだ器。 書店の展示室とは違う静けさが、ここにはあった。 白い壁に写真が並んでいた書店では、見る側として少し背筋が伸びていた気がする。けれど工房では、器も写真も、もっと生活に近い場所にある。お茶を飲む手元に器があり、少し離れた棚にも器があり、奥にはこれから器になるものがある。 私はカップを両手で包みながら、息をついた。「このカップ、持ちやすいです」「よかったです。少し厚めにしているので、熱いお茶でも持ちやすいんです」 作家さんはそう言って、自分のカップを軽く持ち上げた。「薄いものもきれいなんですけど、毎日使うなら、少し安心できる厚さがある方が好きな方も多くて」「分かる気がします」 私はカップの縁に指を添えた。 きれいで繊細なものにも憧れる。 でも、毎日使うなら、少し雑に扱っても怖くないものがいい。 朝の忙しい時間に手に取って、夜に洗って、眠いまま食器棚へ戻す。そういう繰り返しの中で使うものには、美しさだけではない安心感が必要なのだと思った。「藤崎さんの深皿も、けっこう使ってくださっているんですよね」 作家さんに聞かれて、私は少し笑った。「はい。ヨーグルトと、トマトと、かぼちゃと、茄子の味噌炒めを入れました」「茄子、例の」「例の茄子になってる」 思わず言うと、作家さんが楽しそうに笑った。「すみません。あの話、好きで」「少し焦げただけなんですけど」「焦げた話って、使っている感じがしていいんです。飾るためじゃなくて、本当に食べているんだなって分かるので」 その言葉に、私はカップの中のお茶を見つめた。 飾るためじゃなくて、本当に食べている。 それは、今の私の生活そのものかもしれない。

  • 『尽くしすぎたのでやめました。今さら後悔しても遅いです』〜帰らない人を待つのは、もうやめます〜   第10話 知らない香水

    土曜日だった。 本当なら少し遅くまで寝ていたい日なのに、私はいつもの時間に目が覚めた。 隣を見る。 ベッドは空だった。 私はぼんやり身体を起こし、リビングへ向かう。 悠斗はソファでスマホを見ていた。 「あ、おはよ」 「おはよう」 カーテンの隙間から朝の光が差し

  • 『尽くしすぎたのでやめました。今さら後悔しても遅いです』〜帰らない人を待つのは、もうやめます〜   第9話 大丈夫の癖

    結局その日、私は一人でラーメンを食べて帰った。 本当はもっと洒落たものでも食べようと思っていた。 せっかく外食する気分だったし、少しくらい贅沢してもいいかなって。 でも店を探す気力がなくなってしまった。 駅前のラーメン屋に入り、カウンター席へ座る。「ご注文どうされますか?」「あ、醤油ラーメンで」 店員に答えながら、自分でも少し驚く。 私は本当は塩派だ。 でも悠斗が醤油好きだから、気づけば家でも醤油ばかり作るようになっていた。 私は箸を持ったまま、ぼんやり湯気を見つめる。 好きなもの。 最近、自分の『好き』がよく分からない。 ラーメンを食べ終えて店を出ると、夜風が少

  • 『尽くしすぎたのでやめました。今さら後悔しても遅いです』〜帰らない人を待つのは、もうやめます〜   第2話 冷めた唐揚げ

     食器を洗い終わった頃には、時計は十一時を回っていた。 悠斗はまだ帰ってこない。 私は濡れた手をタオルで拭きながら、なんとなくリビングを見渡した。 静かだった。 冷蔵庫の低い音だけが聞こえる。 こんなふうに一人でいる時間なんて、昔はいくらでもあったはずなのに。 最近は妙に落ち着かない。

  • 『尽くしすぎたのでやめました。今さら後悔しても遅いです』〜帰らない人を待つのは、もうやめます〜   第1章 第1話 今日はご飯いらない

    玄関のドアを開けた瞬間、部屋が暗いことに気づいた。 午後九時過ぎ。 いつもならテレビの音がしている時間だった。 「……ただいま」 返事はない。 分かっていたことなのに、少しだけ肩の力が抜ける。 私はヒールを脱いで揃える。 その横には、朝履いていった悠斗のスニーカーが無造作に転がっていた。 ――また。

Bab Lainnya
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status